倫理的野心とオルタナティブ戦略
エリートだからこそ”持ち札”を使いこなす
院生時代、気候変動への対策を求める若者の社会運動に参加していた。理由は、1)気候変動の問題に関心があったこと、2)修士の研究テーマにしたかったことの2つだった。毎月最初の金曜日に新宿駅前でデモを行い、それ以外はイベントに出たり、次回の準備をしたりという形で活動していた。
しかし、ある頃から徐々に足取りが重くなり、やがて参加しなくなった。その理由こそが今回のテーマである倫理的野心だった。
その運動に参加している多くは大学生で、彼らの殆どがいわゆる有名大学の学生だった(一橋や千葉大、早稲田、ICUなど)。いわゆるエリート予備軍と言っても差し支えないだろう。こうした大学に籍を置き、海外経験もある若者がこの運動の中心にいるのである。
僕はこの状況を上手く飲み込めなくなった。デモは重要であり、視覚的に政治へプレッシャーをかけ、広く社会に問題を認知させる上で有効な手段の1つだ。しかし、ある問題に対して実行可能な手段は人(便宜的に階層とも言う)によって異なる。特に、上述したような大学の学生であれば、気候変動について取り組む時の手段は本当に様々ある。国家公務員になるのもいいし、大手企業に入社するのもいいだろう。大学院に進むのもいいし、起業するのもいいだろう。
ここで言いたいのは、彼らは持たざる者の側になく、むしろ持つ側にいるということである。「平均的な人」よりも、はるかに多くの選択肢を持っているのである。そして選べる手段の数もバリエーションも多くある。この持ち札を使いこなすことがむしろ、エリートには求められているのではないだろうか。
このエッセイでは、持ち札を使いこなすこと=倫理的野心に加えて、生存のためのオルタナティブ戦略について考えてみたい。詳細は後述するが、生存のためのオルタナティブ戦略とは即ち、常にバックアッププラン、あるいはそれに近いものを確保するための行動である。
倫理的野心の時代
限られた人生、限られた時間を私たちはどう生きるべきなのだろうか。
この問いに対して、『Humankind』などで知られる歴史学者のルトガー・ブレグマンは以下のように主張している。
現代は消費社会だが、中でも最も浪費されているのは才能である。世界を良くするために貢献できるにもかかわらず、そうしない人が世界中に何百万人もいる。(中略)そのような浪費を治療する薬がある。その名は倫理的野心である。それは世界を劇的に改善しようとする意志のことだ。(ブレグマン 2026: 12-13)
ブレグマンは、教育や就労など、あらゆる機会を得られた人々が才能に恵まれながらも、退屈で、時に有害でもある仕事に就いている状況をこのように批判し、倫理的野心による行動の変容を求める。
才能を無駄遣いしている人とはどのような人だろうか。その一例は間違いなく、人類学者のデヴィッド・グレーバーが提唱した、「ブルシット・ジョブ」だろう。ブルシット・ジョブとは、その名前の通り、クソどうでもいい仕事という意味であり、金融業やコンサルタント、ロビイストなどがその例として挙げられる。実際にブレグマンも『倫理的野心を持て』の中でグレーバーを参照しながら、才能の無駄遣いについての議論を展開している。
全ての個人には、選択や行動の自由があるから、その全てを単に否定したり、批判することは避ける。しかし、相対的にそうでない人々よりも様々な理由で恵まれた人間がその才能をブルシット・ジョブでのお金稼ぎだけに費やしてよいのだろうか。もっとその能力を有意義に使う方途はないのだろうか。
ここで、現代は倫理的野心の時代であるというテーゼを打ち立てたい。一方の極には、才能を完全に公益に捧げる献身の道がある。もう一方には、金融資本市場で疲弊しながら稼ぐ道がある。倫理的野心の時代が求めるのは、その二項対立を超えた第三の道だ。倫理的野心の時代には、目的として地球規模課題の解決を目指すものの、個人の行動原理としては極めて野心的であることが求められる。
なぜ、倫理的野心の時代なのか。ごく単純に言えば、世界には解決すべき問題が山積しているからである。例えば、気候変動はもはや「来たるべき危機」ではなく、徐々にその被害を拡大させている問題である。平均気温はもちろん、豪雨や台風の激甚化、干ばつや海面上昇、永久凍土の融解など、地球規模で問題が表面化している。それ以外にも、戦争の解決や難民、感染症など、能力が求められる未解決課題は山ほどある。地球という惑星が人間を乗せたまま存在し続けるためには、これらの問題に立ち向かうエリートが必要だ。そしてそうしたエリートに求められるものこそ、倫理的野心なのである。
生存のためのオルタナティブ戦略
しかし、時に倫理的野心は組織の論理と対立する。例えば、国家公務員になって気候変動対策を変えようとしても、省庁の稟議プロセスはもちろん、政府や与党の考え方が障壁になる場合がある。大企業でサステナビリティ部門に配属されたとしても、部門で定められた業績目標や、株主、経営陣の意向が優先されることもあるだろう。こうした組織の論理とバランスするために、倫理的野心を持つエリートに必要なのが「生存のためのオルタナティブ戦略」だ。
生存のためのオルタナティブ戦略とは、常に現在のキャリア・ポジションとは異なる可能性を用意しておく、あるいはその可能性を生み出すための行動を取ることだ。これは単なる「次の職場を探しておく」というリスクヘッジではない。組織の論理に魂まで絡め取られないための、構造的な自衛策である。
それと同時に、自らをオルターなものにしていくという戦略でもある。ピーター・ティールが『ゼロ・トゥ・ワン』で競争をしないことを説いたように、オルターへ、オルターへと進化していき、リプレイスできない、あるいは比較できない固有の人材となることでもあるのだ。
倫理的野心を持つ人間にとって最大のリスクは、貧困でも失業でもない。「この組織にいなければ何もできない」という依存状態だ。あるいは、「この組織で十分に自分の価値が発揮できていない」という不安や焦燥感だ。そうした依存や不安が、声を上げることへの恐怖を生み、沈黙を正当化し、やがて最初に抱いた野心を形骸化させる。オルタナティブ戦略は、その依存の連鎖を断ち切るための実践的な処方箋である。
オルタナティブ戦略の具体例
オルタナティブ戦略の実践の方法は様々にある。ここではその一部の具体事例をいくつか列挙したい。
転職サイトに登録する。現職に満足していても、だ。市場における自分の価値を定期的に確認することで、「ここを辞めたら生きていけない」という幻想から自由になれる。持ち札の市場価値を知ることは、それを適切なタイミングで切るための前提条件だ。
ブログやYouTubeなどで発信する。 自分の考えや専門知識を組織の外に流通させておくことは、個人ブランドの構築であると同時に、組織から切り離された「自分」という持ち札を鍛えることでもある。発信は副次的に、志を同じくする人々とのネットワーク形成にもつながる。
一緒に仕事をしたい人を作る。 共通の目的に向かって動ける人間関係は、それ自体がオルタナティブな「チーム」の原型だ。この人脈こそが、既存の組織の外で持ち札を切るための土台になる。
辞表を書いておく。これはメタファーとして受け取ってほしいが、文字通り実践した人も多い。「今日辞めても構わない」という心理状態を意識的に作ることで、目先の評価や上司の顔色ではなく、本来の目的に照らして判断できるようになる。持ち札はいつでも切れると知っていることが、最も重要な持ち札なのだ。そしてこの持ち札を自分の持ち札として本当の意味で持っておくためには、これより前に紹介した具体的な方法を実践していくことで自ずと持ち札となる。
倫理的野心の実践:Palantirと『テクノロジカル・リパブリック』
奇しくも『倫理的野心を持て』と同時期に出版された本に『テクノロジカル・リパブリック』(以下、TR)という本がある。TRは、倫理的野心を持ち、持ち札を使いこなした実例としても読むことができる。
TRの著者の1人であるアレックス・カープは、民主主義社会を維持するために、優秀な技術者や知識人がその才能を国家・社会の防衛に投じるべきだと論じる。彼が批判するのは、シリコンバレーの技術者が国防省の調達を嫌い、国家との協力を避けてきた文化だ。高度な教育を受けた人間が、その能力を閉じた経済圏の中だけで使い尽くす。その構造への異議申し立ては、ブレグマンが、あるいはグレーバーがコンサルタントや金融業を批判する論理と鮮やかに重なる。
両者に共通するのは「才能は私有物ではない」という思想だ。ブレグマンは個人の倫理的変容を求め、カープは技術者の社会的責任を問う。アプローチは異なるが、どちらも「能力ある者が世界の行方に無関心でいることは、もはや中立ではなく怠慢だ」という認識を共有している。
カープ自身の人生もまた、倫理的野心の実践例として読むことができる。彼はフランクフルト学派にゆかりがある。大学院で哲学を学んだ後、テクノロジー企業を創業し、その力を安全保障と民主主義の防衛に向けた。純粋な学問の道でも、純粋なビジネスの道でもなく、両者を接続する第三の道を選んだのだ。これはまさに、持ち札を使いこなした倫理的野心の姿と言えるだろう。
AIが社会インフラを変え、地政学的な緊張が高まり、気候変動のティッピングポイントが目前に迫る今、世界は「正しい判断ができるエリート」を切実に必要としている。新宿駅前のデモを離れた日、僕が感じた焦りは、おそらくこのことへの直感だった。持ち札を更新し続け、最適なタイミングで切る。それが、倫理的野心の時代を生きるということなのではないだろうか。
ブックガイド
アレクサンダー・C・カープ, ニコラス・W・ザミスカ『テクノロジカル・リパブリック』日本経済新聞出版
ウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言!』みすず書房
デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』岩波書店
ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』NHK出版
ルトガー・ブレグマン『倫理的野心を持て』文藝春秋

