断片的で部分的な読書記録(2025年8月)
戸部良一ら『失敗の本質』中央公論新社
言わずと知れた名著を久しぶりに。ちょうどNHKで放送された(そして後に問題になった)「シミュレーション昭和16年夏の敗戦」を観て急に読みたくなったので読んだ。
やはり面白く、敗戦に至るまでの愚かでありながら、今でもその片鱗が様々な組織や意思決定において現れている点でスリリングな読書体験が味わえる。
この本を読んで所属している組織(特に高くコミットメントする組織において)に心当たりがあれば、即刻辞めることをおすすめしたい。
リチャード・ドーキンス『遺伝子は不滅である』早川書房
『利己的な遺伝子』で知られるドーキンスの翻訳最新刊。今回は全ての写真がカラーで刷られており、そのせいかこのページ数の割に高い。
内容について、特に進化生物学の研究者が最新の知見とは必ずしも合致しない旨を主張するブログなども出ていたが、イスラエル人”歴史学者”で『サピエンス全史』で知られるユヴァル・ノア・ハラリのように、そのディシプリンにおけるストーリーテラーによるガイドと読めば面白い。
本書でドーキンスは生物を「遺伝子版死者の書」という。進化の結果としてのゲノム、そしてその遺伝子に乗る生物という比喩で話が展開される。
しかし、本書でも出てくる「利己的な遺伝子」というコンセプトについては人文社会科学の側から反論が必要な時期がきているように思う。どこかでロシアによるウクライナ侵攻について、プーチンを罰することの無意味さ(人間は遺伝子の乗り物)を主張していたがそれはどうだろうか。ここに読み物としてのドーキンス、あるいはイスラエルによるジェノサイドが始まってすぐのハラリの弱さがあるように思う。
佐原徹哉『極右インターナショナリズムの時代』有志舎
今最も読むべき本の1つと言っても過言ではない。即時的な分析ではなく、今起きている(日本でもついに表出した)極右勢力の台頭の様子の背景を丁寧に分析している一冊。
この本の面白いところは西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、そしてムスリム諸国で起きた一見するとバラバラの事象を「極右インターナショナリズム」というフレームによって横串にして1つの国際的な流れとして読むことを可能にしたところにあると思う。
そして、筆者は極右の台頭をもってリベラルの危機と叫ぶことはミスリードであることを主張する。そして極右勢力とリベラル勢力では、その主張の根底で共有する価値が見えることも指摘する。
そういった意味で単に世界的な極右の台頭それだけを問題化するのではなく、そこから見えるリベラルの問題をも議論の俎上に上げ、相対化させているところにもこの本の面白さはある。
ロビン・ダンバー『ヒトはなぜ恋に落ちるのか』青土社
ダンバー数でも知られるロビン・ダンバーがなぜ人は恋をするのかという長年の謎に迫った一冊。たしかに訳書でもセックスや乱交、レイプについて進化人類学などの立場から迫った本があることは確認していたが、恋に落ちることそれ自体に迫った本格的な本はあまりなかったように思う。それだけでもこの本を読む価値がある。
そしてこの本を読むと、「恋に落ちた」という一見、運命的でありえそうもなかったことが起きているようにも思えるこの自体が、そこまでロマンティックなものではなく、むしろ人間の計算高さや腹黒さをはらんでいるものであることが分かる。
恋をすると人は恋人以外の異性(あるいはパートナーと同様のセクシャリティ)への魅力度が下がるという。こうして人は名曲が歌うようにcan’t take my eyes off of youになるのだろう。そして同時に浮気・不倫をする人の人間としての進化具合には驚きを超えて引いてしまう。
ジャック・エリュール『プロパガンダ』春秋社
こちらも今読むべき本の1つと言える。タイトルの通り、プロパガンダの仕組みやその効果、なぜプロパガンダは度々持ち出されるのかを社会学的に分析を行っている一冊。話題のテーマだけに急ぎで翻訳を出したのかと思ったら初出は1960年代というから驚く。
そしてこの本の内容も情報量たっぷりで消化するのには時間を要するが、畳み掛けるようにさらに武田砂鉄によるこれまた情報量の多い解説エッセイが続く。しかし不思議なほど面白く読み終えてしまう。
プロパガンダは意図して、時に意図せず日常に潜んでいる。こうした現実を直視し、そして客観視し、どのように情報に接するのか、そして権力者と向き合うのか、メディア・リテラシーが鍛えられる一冊でもある。

